2021年11月に開催した「社会問題解決に取り組む社会人に聞く!ソーシャルキャリアトーク」にご登壇いただいた認定NPO法人 パレスチナ子どものキャンペーン職員の鈴木のどかさん。
鈴木さんは、日系NGOでヨルダンのインターンシップを経験したことをきっかけに、パレスチナの方々の優しさや文化に惹かれ、パレスチナで活動するNPO職員のキャリアを決意されました。
今回は、そんな鈴木さんの大学から現在のキャリアに至るまでの経緯や現在のお仕事についてお伺いいたしました。
鈴木 のどかさん 静岡県出身。同志社大学グローバルコミュニケーション学部卒業。 大学卒業後に日系NGOでヨルダンのインターンシップを経験し、株式会社FAR EASTに就職。その後、認定NPO法人 パレスチナ子どものキャンペーンに転職を決意し、2021年5月からエルサレムに赴任する。現在は、認定NPO法人 パレスチナ子どものキャンペーンで、教育事業と会計業務を担当している。
フィリピンのボランティア活動から始まった国際協力の道
– 鈴木さんが国際協力の道を歩むきっかけとなったのは、学生時代のどのような活動ですか。
もともと大学に入ったら途上国に行くプログラムに参加してみたいと思っていたんです。だから大学1年生の時に、サークルの先輩に誘われてフィリピンの住居建築ボランティアに参加しました。そして、フィリピンと継続的に関わりたいと思い、フィリピンの女性や子どもの支援をする活動を行っていました。
自分の可能性を信じようと決意した
–鈴木さんは大学1年生の時から国際協力に関心があったと思うのですが、就職活動はどのようにされていましたか。
大学3年生の時、周りの友人は企業のインターンシップに参加していたんですが、私はフィリピンのスタディツアーに参加して、NGOへの就職に興味を持ちました。インターネットで「京都 NGO インターン」で調べるところから始めて、大学3年生からNGOのインターンを始めました。
正直、周りにNGOに就職をする人は少なかったし、国際協力を目指していてもまずは企業に就職してから将来的に国際協力のフィールドで働くと考えている人が多く、キャリアについてとても悩みました。 当時インターンシップ先のNGOの上司の人に「世間の人たちが、どういう思いをもってどういう生活をしてるのかを理解することで、寄付をどのように呼びかけたらいいのか分かるようになる」と言われたことをきっかけに、一般企業への就職を考え、内定をいただきました。国際協力とは離れたフィールドの職種でしたが、経験だと思い承諾しました。
でも、大学4年生の夏に行ったウイグルで私の考え方が変わったんです。決して自由ではない状況にありながらも、したたかに生きようとしているウイグルの人々の姿が印象的でした。そんな生活を見た後、ウイグルの壮大なタクラマカン砂漠を通った時に、「自分は人生の選択肢がたくさんあるのはずなのに、このままじゃいかんわ。」と思い、内定を辞退し、進路が決まらないまま大学を卒業しました。
–大学卒業後は、どのように過ごされていたんですか。
NGOのインターンシップを継続していたので、大学を卒業した4ヶ月後に3ヶ月間ヨルダンで難民支援事業の研修に参加しました。渡航前、家族や友人たちからは「イスラム圏は怖そう」「ミサイル飛んでこない?」など心配されたのですが、行ってみれば何とも心温かい現地の人々や美しいイスラム文化にすっかり心奪われてしまいました。
また、ヨルダンは世界最大級の難民ホスト国で、人口の7割以上がパレスチナ系なんです。そこで出会ったパレスチナにルーツを持つ友人たちに、色々と話を聞いているうちに自分の目でパレスチナを見たいと思い、休暇を利用してパレスチナを旅しました。ここでも、戦争のイメージとは全く異なる豊かな土地や、素朴でおもてなし好きな人々に魅了されました。特に「日本に帰ったら、戦争だけじゃない、パレスチナの美しさを伝えてほしい」と言われたことが印象に残りました。現地で直接的な活動をすることも大切ですが、日本人として身近なことから自分が変えていくことも役割かもしれないと感じました。
自分の言葉で中東の魅力を伝えたい
–インターンシップを終えたあと、ファーストキャリアはどのように選びましたか。
ヨルダンの研修を経て、自分の言葉で中東の魅力を伝えていきたいと思い、中東の文化をかっこよく表現している株式会社FAR EASTに就職することを決めました。直営店のFAR EAST BAZAARは、フェアトレード商品を取り扱うお店で、私はフェアトレード商品のストーリーや現地の文化をお客さまに伝えるという仕事をしていました。
大学3年生の時からアルバイトをしていていたので、アルバイトも含めると約5年ほど働いていました。
–セカンドキャリアとして、現在働かれている認定NPO法人 パレスチナ子どものキャンペーン選んだのはなぜですか。
もちろん前職の仕事もすごく楽しかったんですが、コロナ禍で休職になり、今後のことを考える時間が多くなりました。やっぱり大学生のころから興味のあったNGOで、現地で今こそ本当に支援を必要としている人に寄り添って働きたいという気持ちが強くなり、心惹かれたパレスチナに戻りたいと思うようになりました。そして、パレスチナで駐在員を募集している求人を見つけ、これだと思い、転職を決意しました。
子どもたちが勉強を楽しんでいることが嬉しい
–現在は、どのようなお仕事をしているんですか。
教育事業と会計業務に携わっています。実は、もともとパレスチナの教育の質は高く、日本では中学校で学ぶような内容が小学校で取り扱われていることもあります。しかし、その教育が十分に児童に行き届いていません。パレスチナの財政状況が不安定なため、教員の給与が少なく、児童数に対して教員が足りていないからです。また私の活動しているガザ地区は、戦争が行われると教育が中断されることもあります。
パレスチナでは数年前に教育カリキュラムが改訂され、理科の授業は講義だけではなく多くの実験が取り入れられるようになりました。しかし、先生が実験まで教える余裕がなかったり、そもそも理科室の水道やガスの設備が整っていなかったりと課題があります。
そのため現地のコーディネーターと共に、生徒が主体的に学べる方法や実験のやり方を先生に伝える研修を行ったり、実験に必要な資材の供給や理科室の修繕を行ったりしています。基本的に先生たちとのコミュニケーションはアラビア語なので、現地のコーディネーターが表に出ていますが、アンケートやインタビューで子どもたちが授業を楽しんでいる声を聞くととても嬉しく感じます。
先日、ガザの対象校を訪問したのですが、ガザの子どもたちは、普段外国人と触れ合う機会が少ない分とても興奮していて、日本語も少し話しながら、歓迎してくれました。授業を楽しんでいることはもちろん、このように現地の子どもたちが日本語も練習して準備をして私たちを待っていてくれたことはとても嬉しかったです。
自分の思いに素直に生きる
–社会問題に取り組むソーシャルキャリアを目指す学生にメッセージをお願いします。
自分の思いに素直にしたがった生き方をしてほしいなと思います。選択肢があって、選べること、またそれに悩めることは本当に幸せなことだと思います。
世間体や経済状況など不安なことはたくさんあると思いますが、自分次第で解決できると思います。深く考えすぎずに前に進んだら色々解決策がついてくると思います。
私もはじめは両親から反対されたんですが、今は私が生き生きと働いている姿を見て応援してくれて、経済的にも困っているわけではないです(笑)
ソーシャルビジネスを掲げているか否かというより、この世に存在している会社は、それぞれ社会に還元する部分があって成り立っていると思うので、自分の捉え方次第でさまざまなソーシャルキャリアを歩むことができると思います。
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